エッセー【啄 木 の 歌 集】

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2018年2月22日(木)晴れ時々曇り

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  啄木の
   歌に魅せられ
   図書館に
   足を運びて
   歌集を開く


 この短歌は「新日本歌人」という歌誌に掲載されたわたしの歌です。

 「あなたの好きな歌人を上げよ!」と言われれば、わたしはためらうことなく「石川啄木です !」と答えることでしょう。彼の歌とは青春時代に出会い、今でも繰り返し触れています。

 彼の歌は「一握の砂」、「悲しき玩具」という歌集に収められていますが、その中で特にわたしの胸を打つ歌を上げてみたいと思います。


  たはむれに
   母を背負いてそのあまり
   軽(かろ)きに泣きて三歩あゆまず

♪  友がみな
   われよりえらく見ゆる日よ
   花を買い来て妻としたしむ

  はたらけど
   はたらけど猶(なお)わが生活(くらし)
   楽にならざりぢっと手を見る


 これらの歌は、わたしの心情に深く触れてきます。つまりこころの琴線に触れて、わたしの心を震わします。わたしはその歌を前にすると、しばらく立ち止まってその感動に浸ります。

 そして吾が母を想い、周りの友人に想いを馳せます。さらに、楽にならないわたしの暮らしが甦(よみがえ)ってきます。これは啄木の歌でありながら、わたしのことを詠っているように思うのです。

 それだけ彼の歌は、普遍性をもっており多くの読者の心を捉(とら)えて離さないのだと思います。今もなお彼の歌は多くの人に愛されつづけています。

 わたしは折に触れて町の図書館に足を運びますが、海の見える図書館の勉強机に座って、啄木の歌集を開きます。彼の歌はわたしの心を深く打ち、わたしの心を豊かにさせてくれます。



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エッセー【がんと真向かう】

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2018年2月21日(水)曇り

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♪  弟は
   がんと真向かい
   たたかいて
   生きてゆかんと
   手紙をくるる 


 この短歌は「新日本歌人」という歌誌に掲載されたわたしの歌です。

 わたしと弟を称するとすれば、「愚兄賢弟」ということになります。わたしは何をやっても弟にはかないませんでした。

 まず勉強の方ですが、弟はわたしと比べてよくできたものです。わたしの通信簿にはカモメが群れだって飛んでいましたが、弟は上位の数字が並んでいたのです。

 カモメというのは、5段階評価で3ということです。良くもなく特別悪くもない平凡な成績でした。俳人の夏井いつきさんに言わせれば、「凡人」ということになるでしょう。

 ところが弟は殆んどの科目に優れていました。弟は勉強だけにとどまらず、あらゆることにわたしより抜きん出ていました。3つ上のわたしでしたが相撲をとっても負かされてばかりでした。

 また、いま藤井聡太で話題になっている将棋をしても、弟の方が強かったのです。つまり弟は、文武両道ということが言えると思います。

 その弟はいま北海道にいます。高校を卒業して彼はゼネコンに入社します。そして数年して、北海道に転勤になったのです。それからずっと北海道です。

 したがって彼に会ったのは、ちちははの葬儀のときくらいです。その彼がいま北海道で病とたたかっています。

 その病というのは肺がんです。もう手術ができないくらい進行しているそうです。抗がん剤治療や放射線治療をしているようですが、その副作用に苦しんでいるようです。

 「愚兄賢弟」のおとうとは、がんと真向いたたかっています。わたしにはどうすることも出来ませんが、ただただ遠くの地、岡山で彼の治癒を祈るのみです。元気でもう一度会えることを願っているところです。


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エッセー【草原にゆく】

シクラメン・11~3月



2018年2月20日(火)晴れ

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  憂うつな
   痔疾になりて
   コスモスの
   風にゆれいる
   草原にゆく 


 この短歌は「新日本歌人」という歌誌に掲載されたわたしの歌です。

 わたしには持病が幾つかありますが、そのひとつが痔疾です。わたしは今までに3回も痔疾の手術をしてきました。3回も入院して苦労しました。

 わたしの痔疾は便秘と大いに関係があります。わたしは30代になって便秘に悩まされるようになります。便秘が解消されれば、「人生が変わる」と言われるように、便秘というのは厄介なものです。

 私の場合は便秘によって痔疾になったようです。それが原因です。便秘というのはほんとうに、わたしの人生のうえに大きく影を落としています。

 わたしの便秘には原因があるようです。それはメンタルのくすりの副作用だと思われます。わたしは30歳前後に、不可解な病気になり、メンタルのくすりを呑むようになります。

 そのくすりがわたしの便秘をもたらしているようです。メンタルのくすりをやめれば便秘は解消されるのでしょうが、そういうわけにもいかず、今も呑みつづけています。

 まさに、「あちらを立てればこちらが立たず」という情況なのです。メンタルのくすりも呑まなければならず、それを呑めば便秘を引き起こすのです。

 そして、つまるところ痔疾になるというわけです。痔疾もまた厄介なもので、「生き死に」に関係ないようだけれど、これもまた人生に暗い影を落としています。

 痔疾で困るのは下血の症状が出ることです。下血を起こせば、一日憂うつな気分に悩まされます。この下血はいつやってくるか分かりません。油断していると、不意に下血を引き起こすのです。わたしは痔疾の憂うつな気分を癒すために、海を見にいったり、コスモスの咲く草原に出かけていったりするのです。


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エッセー【花を手向けて】

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2018年2月19日(月)曇り

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  ちちははの
   静かに眠る
   奥津城に
   花を手向けて
   坂道くだる


 この短歌は「新日本歌人」という歌誌に掲載されたわたしの歌です。

 わたしの人生はまだまだこれからだという思いが強いのですが、これまでの人生を振り返ったとき、倖せな人生だったような気がします。

 吾が人生はそれぞれの時代、局面を見れば負の部分が決して少なくはないのです。少なくないばかりではなく、小さくもありません。

 幼少期の極限の貧しさは、わたしの心身に深く深く刻まれています。米のめしを食べることが出来ず、メリケン粉を溶かしたものをフライパンで焼いて食べていました。

 家は雨漏りがして、雨が降る日には家の中には洗面器、バケツなどが並べられて、それらで雨だれを受けてそれを凌いでいました。

 そして決して忘れることができないのは、税金が納められなくて、自転車やタンスに差し押さえの紙を貼られたことです。その自転車に乗ろうとして、母にたしなめられたことをよく覚えています。

 青春期になれば、手にヤケドあとが残っていて、それのコンプレックスはわたしを悩まして、卑屈に生きていたように思います。

 その手をポケットに隠して、人に見られないように生きてきたのです。このような生き方は、わたしを小さな小さな世界へと押し込んできたのです。

 このような生き方をしてきたわたしでしたが、ちちははの生き方はわたしの人生の根っこに深く刻まれています。ちちははの貧しさとたたかう生き方は、わたしの人生に大きな影響を与えています。

 今あるわたしの人生の倖せ感をもたらしているのは、少なからずちちははの生き方を引き継いでいるからです。それ故、感謝の気持をいだいてちちははのお墓に参り、花を手向けて坂道を下るのです。



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エッセー【コスモス】

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2018年2月18日(日)曇り時々晴れ

 ご訪問いただき誠に有り難うございます。

  コスモスを
   烈しく揺らし
   明けぐれに
   君の乗りたる
   電車は去りぬ 


 この短歌は「新日本歌人」という歌誌に掲載されたわたしの歌です。

 ここに出てくる「君」というのは、わたしの青春時代に付き合っていた恋人のことです。わたしの人生の中で最も輝き、深く結ばれていたのはこの「君」です。

 この彼女とはある青年運動のなかで、偶然に出会うことになります。わたしが住んでいた街に、彼女は大学を卒業して小学校の養護教諭としてやってきます。

 彼女も学生時代に青年運動をやっていて、それでわたしと出会うことになります。わたしはその街の市役所で組合の青年部活動をやったり、うたごえ運動をやったりしていました。

 彼女と出会ったのは、わたしが市役所を辞めた頃と重なっていたように思います。わたしは市役所を辞めて民間の建築会社に勤めていました。その会社でわたしは現場監督をしていたのです。

 その頃、ふたりは近くのアパートにそれぞれ住んでいて、仕事を終えてはよく会ったものです。お互いのアパートによく行き来するようになりました。

 わたしのアパートの横丁に銭湯がありました。時々、わたしたちはその銭湯に一緒に出かけました。それはまるで、南こうせつの「神田川」の世界です。

 そんな青春時代を送っていましたが、やがてふたりに別れの時がやってきます。わたしのアパートは、線路沿いに建つ古ぼけたアパートでした。

 六畳ひと間のアパートで、電車が通るたびに大きく揺れるような部屋でした。やがて彼女は、小学校を変わってわたしの住む街を去っていったのです。線路沿いのコスモスを烈しくゆらして、列車は明けぐれに遠くの街へと消えてゆきました。それはわたしのひとつの青春の終りともいうべきものです。



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 「人生七十古来稀なり」の古希です。
 日々の暮らし・想いを自由に 綴って
 ゆきたいと思います。
 住所は岡山県浅口市寄島町です。
 青い海と緑の山、青い空をもつ素敵な村です。
 名前は「千春」ですが、男性です。

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