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お知らせ

2016年10月31日(月) 晴れのち曇り

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。


♪♪♪ 【お知らせ】 ♪♪♪ 

 この度、わたくし鬼藤千春は、「短歌とエッセイ集」を出版することに致しました。約300ページの本になる予定です。いま、その原稿に手を入れているところです。11月上旬に印刷所に原稿を送り、年末を目途に完成をめざしています。
 そこで、この「短歌とエッセイ」もひとまず、切りをつけてしばらくブログをお休みしようと思っています。いままで、ご訪問して戴いた方には誠に申し訳なく思っていますが、ご理解のほどよろしくお願い致します。「短歌とエッセイ集」を上梓できるのも、皆様のおかげであり、心より感謝致しています。
 最後になりますが、拙ブログを永くご愛顧戴きまして、誠に有り難うございました。皆様のご健康とご活躍を心よりお祈り致します。それではこれで、ひとまず失礼致します。さようなら――。
                鬼藤千春



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背すじを伸ばす

2016年10月30日(日) 晴れ

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。


♪♪♪ 【背すじを伸ばす】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わたしは短歌づくりを趣味だと思っていない。俳句や短歌をやっていると言うと、「ああ、趣味ですね」と言われることがよくある。小説でさえ、そういうふうに言われるのだから、俳句や短歌ならなおさらである。また、俳句や短歌が呆け防止にいいと、脳科学者は言うが、何もわたしは呆け防止に短歌をやっているわけではない。いまテレビの「プレバト」でブレイクしている、俳人の夏井いつきの半生をテレビでやっていたが、彼女は決して趣味で俳句をやり始めたのではない。彼女は自身の生涯をかけて、俳句と向き合っている。

短歌

厳しくも歌は歌人の総量を示すとう吾は背すじを伸ばす


 わたしも何も趣味として、短歌を始めたわけではない。趣味としてやるならもっとましなものがあるだろう。たとえばゴルフとか魚釣りとかが考えられる。わたしも後半生を趣味に生きるとすれば、そうしたものを考えるだろう。「歌は歌人の総量を如実に表す」と言った人がいるが、歌はその人の人生そのものである。まさにその人の生きてきた人生、これから生きてゆこうとする人生そのもので、その総量が歌に表われるのだ。だからこそ背すじを伸ばして、凜として生きてゆかなければならない。とは言うものの、そんな生き方は容易ではないし、それがわたしの願いだということである。



仮設の人々

2016年10月29日(土) 曇りのち晴れ

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。


♪♪♪ 【仮設の人々)】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 東日本大震災、熊本地震、鳥取地震、はたまた台風や豪雨によって、日本列島は大きな災害に見舞われている。わたしはこれらの災害に対して何をしてきたのだろうか。わたしは、災害ボランティアにも行ってないし、被災地支援の募金もできていない。それは体力的に災害ボランティアに行けないし、経済的に募金ができないためである。そんな人も多いのではないのだろうか。ならば、被災地の支援は国、政府が責任を持ってやるべきことである。


短歌

おちこちに災害の痕残しゆく仮設に暮らす数多の人ら


 しかし国、政府の被災者への支援は大きく立ち遅れていると言わざるを得ない。国、政府の基本的な考え方のなかに、被災者への支援は、個人への援助になるためという理屈に縛られていることがある。個人へ税金を投入するのは不公平・不平等だとする考え方である。その考えに縛られている限り、被災者への支援の手が十分なされないのは当然である。仮設に暮らす数多の人が支援をいまも待っている。



足裏(あうら)

2016年10月28日(金) 曇りのち雨

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。


♪♪♪ 【足裏(あうら)】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わたしはまだ古希になっているわけではないが、あと1年で古希を迎える。「人生七十古来稀なり」が語源であるが、わたしもまもなく「古来稀」な人生に足を踏み込もうとしている。しかしいくら「古来稀」だとしても、いまわたしは死んでしまうわけにはいかない。為すべきことがわたしにはある。まだ始めたばかりだけれど、いま死んでしまえば悔いが残る。遣り残した仕事をおいて黄泉の国へ旅立つわけにはいかないのである。

短歌

古希なれど足裏(あうら)に大地を踏みしめてただひたすらに生きてゆくべし


 その仕事というのは、短歌の道である。短歌の道に入ったのは67歳の2月だったのでまだ2年経っていない。ようやく短歌が面白くなったばかりである。その面白い短歌を中途半端でやめるわけにはいかないと思っている。その心情というのは上記の短歌の通りである。ただひたすらに、ただひたぶるに、短歌の道を究めたいと思っている。できるなら、あと20年短歌の仕事をしたいと願っている。



戦死の報せ

2016年10月27日(水) 曇り時々晴れ

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。


♪♪♪ 【戦死の報せ】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 下記の短歌は、三宅陽介の短編小説を参考にして詠んだものである。この作品は「麦稈真田」という題名で、彼の作品のなかでも優れた小説のひとつである。彼は民主文学会の作家で、いまは高齢で書いてはいないが、それまでは岡山県の民主文学会の代表者として、後進の育成にもあたってきた人である。わたしは戦死の公報を持って各家を訪ね歩く役場の職員を見かけたことはないが、この小説にはそのようすがリアルに描かれている。

短歌

山間の村にぽつりと点る灯は戦死の報せが届きたる家

山間の村に向かいてカンテラを提げてゆくのは戦死の報せ


 この小説では、カンテラを提げた役場の職員が、死者の家に赴く姿が描かれている。山間の村にぽつんと灯りが点るだけで、どこか哀しげな雰囲気が醸し出されるものだが、それが戦死の報せとなると、その哀しみはとても深いものとなる。戦中にはこのような場面が、日本の各地で見られたに違いない。そのようすを典型的に描いた小説が、三宅陽介の「麦稈真田」である。



プロフィール

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Author:FC2USER634322BTA
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 1947年生まれの68歳で、
「新日本歌人協会」の会員です。
 短歌創作を通じて、平和と民主主義をめざしています。
 住所は岡山県浅口市寄島町です。
 青い海と緑の山、青い空をもつ素敵な村です。
 名前は「千春」ですが、男性です。

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