生き来し方

2016年9月8日(木) 晴れ時々雨

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♪♪♪ 【生き来し方】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わたしはいま68歳である。60代といえば、まだ初老という雰囲気があるが、70代に入れば、いよいよ老人の仲間入りのような気がして、とても厭である。しかし、厳然として68年間生きてきた。短歌をつくっていると、否応なく自身のいままでの人生を振り返ることになる。原稿用紙に向かってペンを執るということは、自身の今までの来し方、これからの生き方をみずから問うということでもある。

短歌

来し方の道をたどれば過ちの数おおきこと両手で足りず

悔やんでも悔やみきれない過去があり七十路に入りてようやく解かる

書斎にて歌を詠まんとペンとれば未来や過去へ想いはめぐる


 来し方を振り返ってみると、恥じ入るような生き方のその多さに、驚くばかりである。おそらくそれらを日々抱えて生きるということは、できないことである。そのあやまちを思いつつ日々は決して送ることはできない。折々に思い出すことはあっても、日常の生活の中では、それらは忘れて生きているものである。人間はよくできていて、忘れるという習性を持っている。それなくしては、人間は一歩も前に進むことはできないだろう。しかし、すべて忘れていいということにはならない。原稿用紙に向かい、ペンを執ることで、自身の来し方を問い、未来へと想いを馳せるのである。



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知らない町

2016年7月7日(木) 晴れ

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♪♪♪ 【知らない町】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わたしは若い頃から知らない町に憧れがあり、興味があった。それもひとり旅に憧れ色んなところに足を運んだものである。例えば、島根県の津和野や隠岐の島、萩や山口、長野の上高地や美ヶ原などなどが思い出される。それは憧れの町でもあったけれど、実際のところは日々の暮しに飽きて、旅に出たというほうが当っているように思う。在りし日に生き方を模索しての旅だったような気がする。

短歌

吾ひとり知らない町にやってきてぶらり歩けば潮騒聴こゆ


 しかしいまは、そのような放浪の旅をしたいとは思わない。いまはしっかりとした目的をもった旅をすることが多い。短歌のセミナーで神戸へ行ったり、山口へ行ったりしている。それは自身の生き方が定まって、その方向で生きてゆくという風になってきたためだろう。そして人生の根源的な悩みもなくなり、哲学的な思索をすることもなくなってきたからである。そのことが果たしていいことなのかどうか、現実生活に埋没してしまっているのではないかという思いもある。



ガスレンジ

2015年12月4日(金) 晴れ時々曇り

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♪♪♪【ガスレンジ】♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わが家は新築してもう18年になる。したがって色んなところにガタがきつつある。ちょうどリフォームの時期なのだろう。業者はそれをよく知っていて、外壁、屋根、風呂、配管などの営業に廻ってくる。しかしわたしはリフォームするつもりはまったくない。わたしたち夫婦が終焉を迎えるまで、いまのままで棲みつづけるつもりである。第一そんな金もないし、わたしたちの後を継ぐ子ども(4人いるが)もいないので、リフォームする必要もないだろう、と思う。

短歌

ガスレンジお疲れさまと呟いて十八年の労を謝すなり

ガスレンジわが胃袋を満たしきて十八年の労を謝すなり


 だが、家ではなくいろんな器具はもう寿命が尽きつつある。システムキッチンのガスレンジもそのひとつである。グリルはもう使い物にならないくらいになったし、コンロも相当傷んでいる。そこで思い切って、新しいものに替えることにした。まだ使って使えないことはないがそろそろ替えどきだ。なんと18年間も毎日、わたしたちの胃袋を満たしてくれたガスレンジである。システムのガスレンジなので、それなりの出費となるが仕方がない。18年の労に「お疲れさま」と言って、送り出すつもりである。



「こころ」と「からだ」(2)

2015年9月22日(火) 晴れ

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「こころ」と「からだ」(2)

 「こころ」と「からだ」の2番目は、「じゅう、10」で、「1日に10人の人に会う」ということである。「こんにちは」だけでも、顔を見るだけでもいいという。これは家にひきこもって人に会わないということは、孤独になりがちで、コミュニケーションがとれないということだろう。人間は社会的な存在なので、できるだけ人間と関わろうということだ。

短歌

「人間は何のために生きるのか」わが青春の深き悩みよ


 しかし、わたしはもう仕事から離れており、家で過ごすことが多いので、「1日10人の人と会う」ということは、とても難しい。1日誰れとも会わずに、過ごすということも少なくない。が、ほんとうは1日10人くらいの人と会ったほうがいいのだろう。人間と人間が会い、言葉をかけるという営みは、人間の脳の活性化にとって、きっと役立つに違いない。人に会うことは望ましいことだが、現在はいろんな方法で人と繋がることのできる社会である。わたしはわたしの方法で、社会と関わってゆけばいいと思っている。



歌とエッセイ

2015年6月7日(日) 晴れ

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「短歌とエッセイ」

悲しみの涙をふいて新たなる
     地平に出でて凜として立つ
           「新日本歌人」掲載


 わたしはコーヒーが大好きです。街に住んでいた若い頃には、一日に何度も喫茶店に入って、本を読んだり人生について考えたりしていたものです。その頃の喫茶店のコーヒーは、とても美味しかったのを覚えています。ジャズを聴きながら、あるいは映画音楽を聴きながら飲むコーヒーのひとときは、ずいぶん幸せでした。

ささやかな
年金暮らし
やっぱり
自販機探し
缶コーヒーに

 私の住む村にも二カ所喫茶店があります。しかし、ほとんど入ったことがありません。年金生活者だということもありますが、ほんとうのところは、昔のようにコーヒーが美味しくないのです。また、昔のような喫茶店の雰囲気がありません。若い頃のような喫茶店なら、たとえ年金暮らしだとしても、毎日コーヒーを飲みに立ち寄ることでしょう。吉永小百合が演じた「ふしぎな岬の物語」のような喫茶店なら、わたしをとりこにすると思います。



プロフィール

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 1947年生まれの70歳で、
 日々の暮らし・想いを自由に 綴って
 ゆきたいと思います。
 住所は岡山県浅口市寄島町です。
 青い海と緑の山、青い空をもつ素敵な村です。
 名前は「千春」ですが、男性です。

♪♪♪リンクは、ご自由に!

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