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お知らせ

2016年10月31日(月) 晴れのち曇り

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。


♪♪♪ 【お知らせ】 ♪♪♪ 

 この度、わたくし鬼藤千春は、「短歌とエッセイ集」を出版することに致しました。約300ページの本になる予定です。いま、その原稿に手を入れているところです。11月上旬に印刷所に原稿を送り、年末を目途に完成をめざしています。
 そこで、この「短歌とエッセイ」もひとまず、切りをつけてしばらくブログをお休みしようと思っています。いままで、ご訪問して戴いた方には誠に申し訳なく思っていますが、ご理解のほどよろしくお願い致します。「短歌とエッセイ集」を上梓できるのも、皆様のおかげであり、心より感謝致しています。
 最後になりますが、拙ブログを永くご愛顧戴きまして、誠に有り難うございました。皆様のご健康とご活躍を心よりお祈り致します。それではこれで、ひとまず失礼致します。さようなら――。
                鬼藤千春



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背すじを伸ばす

2016年10月30日(日) 晴れ

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。


♪♪♪ 【背すじを伸ばす】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わたしは短歌づくりを趣味だと思っていない。俳句や短歌をやっていると言うと、「ああ、趣味ですね」と言われることがよくある。小説でさえ、そういうふうに言われるのだから、俳句や短歌ならなおさらである。また、俳句や短歌が呆け防止にいいと、脳科学者は言うが、何もわたしは呆け防止に短歌をやっているわけではない。いまテレビの「プレバト」でブレイクしている、俳人の夏井いつきの半生をテレビでやっていたが、彼女は決して趣味で俳句をやり始めたのではない。彼女は自身の生涯をかけて、俳句と向き合っている。

短歌

厳しくも歌は歌人の総量を示すとう吾は背すじを伸ばす


 わたしも何も趣味として、短歌を始めたわけではない。趣味としてやるならもっとましなものがあるだろう。たとえばゴルフとか魚釣りとかが考えられる。わたしも後半生を趣味に生きるとすれば、そうしたものを考えるだろう。「歌は歌人の総量を如実に表す」と言った人がいるが、歌はその人の人生そのものである。まさにその人の生きてきた人生、これから生きてゆこうとする人生そのもので、その総量が歌に表われるのだ。だからこそ背すじを伸ばして、凜として生きてゆかなければならない。とは言うものの、そんな生き方は容易ではないし、それがわたしの願いだということである。



仮設の人々

2016年10月29日(土) 曇りのち晴れ

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♪♪♪ 【仮設の人々)】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 東日本大震災、熊本地震、鳥取地震、はたまた台風や豪雨によって、日本列島は大きな災害に見舞われている。わたしはこれらの災害に対して何をしてきたのだろうか。わたしは、災害ボランティアにも行ってないし、被災地支援の募金もできていない。それは体力的に災害ボランティアに行けないし、経済的に募金ができないためである。そんな人も多いのではないのだろうか。ならば、被災地の支援は国、政府が責任を持ってやるべきことである。


短歌

おちこちに災害の痕残しゆく仮設に暮らす数多の人ら


 しかし国、政府の被災者への支援は大きく立ち遅れていると言わざるを得ない。国、政府の基本的な考え方のなかに、被災者への支援は、個人への援助になるためという理屈に縛られていることがある。個人へ税金を投入するのは不公平・不平等だとする考え方である。その考えに縛られている限り、被災者への支援の手が十分なされないのは当然である。仮設に暮らす数多の人が支援をいまも待っている。



足裏(あうら)

2016年10月28日(金) 曇りのち雨

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♪♪♪ 【足裏(あうら)】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わたしはまだ古希になっているわけではないが、あと1年で古希を迎える。「人生七十古来稀なり」が語源であるが、わたしもまもなく「古来稀」な人生に足を踏み込もうとしている。しかしいくら「古来稀」だとしても、いまわたしは死んでしまうわけにはいかない。為すべきことがわたしにはある。まだ始めたばかりだけれど、いま死んでしまえば悔いが残る。遣り残した仕事をおいて黄泉の国へ旅立つわけにはいかないのである。

短歌

古希なれど足裏(あうら)に大地を踏みしめてただひたすらに生きてゆくべし


 その仕事というのは、短歌の道である。短歌の道に入ったのは67歳の2月だったのでまだ2年経っていない。ようやく短歌が面白くなったばかりである。その面白い短歌を中途半端でやめるわけにはいかないと思っている。その心情というのは上記の短歌の通りである。ただひたすらに、ただひたぶるに、短歌の道を究めたいと思っている。できるなら、あと20年短歌の仕事をしたいと願っている。



戦死の報せ

2016年10月27日(水) 曇り時々晴れ

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♪♪♪ 【戦死の報せ】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 下記の短歌は、三宅陽介の短編小説を参考にして詠んだものである。この作品は「麦稈真田」という題名で、彼の作品のなかでも優れた小説のひとつである。彼は民主文学会の作家で、いまは高齢で書いてはいないが、それまでは岡山県の民主文学会の代表者として、後進の育成にもあたってきた人である。わたしは戦死の公報を持って各家を訪ね歩く役場の職員を見かけたことはないが、この小説にはそのようすがリアルに描かれている。

短歌

山間の村にぽつりと点る灯は戦死の報せが届きたる家

山間の村に向かいてカンテラを提げてゆくのは戦死の報せ


 この小説では、カンテラを提げた役場の職員が、死者の家に赴く姿が描かれている。山間の村にぽつんと灯りが点るだけで、どこか哀しげな雰囲気が醸し出されるものだが、それが戦死の報せとなると、その哀しみはとても深いものとなる。戦中にはこのような場面が、日本の各地で見られたに違いない。そのようすを典型的に描いた小説が、三宅陽介の「麦稈真田」である。



誕生日

2016年10月26日(火) 曇りのち晴れ

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♪♪♪ 【誕生日】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 今日はわたしの誕生日である。69回目の誕生日だ。現在ただいまの心境はもうこれ以上、歳はとりたくないということである。いつまでも60代でいたいという心持ちである。したがって、たとえ吾が誕生日であろうと、決して嬉しいという感情は芽生えるべくもない。振り返ってみれば、永いようにも感ずるが、アッという間に六十九歳を迎えてしまったような気がする。幾つかの小さな倖せの思い出もないわけではないが、その大半は後悔の連続だったように思う。いまも後悔しきりである。

短歌

快晴で気温二十度の爽やかな秋に授かりし吾が生なりし

爽やかな秋に授かりし吾が生は険しき道を歩みてきたり

これ以上歳はとりたくないと思う六十九の誕生日なり


 わたしが生まれた日は、1947年10月26日である。岡山気象台に電話して尋ねてみたら、この日は快晴で最高気温20度くらいということだった。なんて爽やかな日にわたしは生を授かったのだろうか。が、社会の在りようは戦後のもっとも食料難の時代を迎えていた。気候は穏やかで平安であったけれども、時代は大変厳しいなかにあった。戦後そのものの時代だったのである。そんななかを生き抜いてきたのである。そしてこれ以上、歳はとりたくないと思うけれども、現実は決してそうはいかない。時の流れは止むことがない。そうであるならば、健康寿命をより長く保ちたいものである。80歳、90歳と健康で自立して生きたいというのがわたしの願いである。



手紙

2016年10月25日(火) 曇り時々雨

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♪♪♪ 【手紙】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 もうずっと前の話である。わたしの初恋ともいえるものである。初恋の定義はなかなか難しく、どんな心持ちを初恋といえるものだろうか、わたしにはよく分からない。憧れの人は小学校の1~2年生にはもういたものだ。それは誰にでもある女性の先生である。大学を出て最初の赴任先が、吾が学校だったように思う。まずその先生に憧れた。そして同級生の誰からもマドンナと言われていた娘(こ)である。時々机から後ろを振り向いたりしたものである。

短歌

別れたる君の手紙に火を放つ蒼き焔が噴き出しもゆる


 そんな心の在りようを初恋と言えるかも知れないが、短歌に詠った女(ひと)は、相思相愛の関係だった。しかしわたしの優柔不断によって、その恋は破綻したのであった。彼女はわたしのもとから郷里へと去っていったのである。彼女からは幾通もの手紙や写真を貰っていたが、別れてずいぶんのちに整理をした。そして庭先でその手紙や写真に火を放ったのである。それはわたしの心の整理でもあった。しかしその女(ひと)のことは、今でも忘れることができないでいる。

会いたい

2016年10月24日(月) 晴れ

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♪♪♪ 【会いたい】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 繊細で剃刀のような鋭い感性を持った女(ひと)だった。したがって、鋭い視点を持って詩や短歌、絵を描いていた。そんな彼女だったが、心を病み海に身を投げたのである。幸いに助け出されて病院に搬送されたのだが、しばらく入院してある街に還り暮らしているという。わたしが知っているのは、海に身を投げる前までの彼女である。その後の消息は人から聞いた話に過ぎない。

短歌

心病み海に身を投げたる君に逢い芸術を語りてみたし


 そんな彼女だったが、いまどんな暮らしをしているのだろうか。短歌も剃刀のような鋭い歌を詠んでいた。わたしはその短歌にとても惹かれて、しばらくは彼女の短歌にずいぶん影響を受けていた。詩も絵もとてもうまかった。その彼女を捜して見たけれど、ついに捜しあてることはできなかった。だからなおさら彼女に会いたいと思うのだった。会って芸術について語り合いたい、と切に願っている。たとえ会えないとしても、元気で暮らしていることを願うばかりである。



新しき爪

2016年10月23日(日) 曇り

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♪♪♪ 【新しき爪】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 床の間のある座敷で転んで、右足の指の爪を剥いだのは、9月25日だった。あさってでちょうど1カ月になる。その間、何回か病院にいって治療して貰ったが、もうすっかりよくなった。とはいっても、その部分を庇いながら生活している。「爪を剥ぐ」で思い出すのは、戦前、治安維持法違反で逮捕された人々のことである。特高は戦前さまざまな拷問をやったが、その中に「爪を剥ぐ」ということも行った。

短歌

爪を剥ぎ足を庇いて三週間新しき爪かすかに覗く


 爪をペンチなどで引き剥がしたのである。治安維持法違反といっても、左翼の傾向の本を持っているだけでも逮捕されたり、勉強会などの集まりを持ったりしただけで逮捕されたものである。わたしの経験から言っても、畳のうえで転び爪を剥いでも激痛が走ったのだから目の前で、ペンチなどで爪を引き剥がされたら、失神するほどの拷問だったに違いない。そんな世の中の再来は決して許してはならない。さいわいわたしの指には新しき爪が、ほんのちょっと覗いている。



ああ

2016年10月22日(土) 曇り

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♪♪♪ 【ああ】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 今日の短歌の兼題は「ああ」である。短歌辞典を開いたら、この文言が目に留まった。この言葉でいつものように六つの短歌をつくった。今年になってわたしは毎日六首の短歌を詠むように心がけてきた。いままでほとんど毎日六首をつくってきたように思う。このままいけば、今年2000首以上の短歌を詠むことになるだろう。わたしは「多作多捨」を信念にしているので、その目標はたぶん叶えられるだろう。

短歌

あかときに竜王山は浮かびくるああシルエットとなりて聳え立つ

懐かしき故里の海はああ深く沈む心を慰めるなり


 「ああ」で詠んだ歌を二首ご紹介させていただくことにする。ここで詠んだのは、海と山の歌である。わたしの町には、青い海と青い山がある。竜王山はこのあたりでもっとも高い山で、その山の裾野が青い海に滑り込むように、海につづいている。夜明けには竜王山がシルエットとなって、朝焼けの空を切りとって聳え立つのである。また、町の前に広がる瀬戸内海は、わが心の故里である。



皎皎と

2016年10月21日(金) 曇り時々晴れ

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♪♪♪ 【皎皎と】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 短歌辞典を開いたら「皎皎」という文言が目に飛び込んできた。この言葉を兼題として短歌をつくろうと、想いをいろいろ巡らせて、六つの歌を詠むことができた。ここでは二つの短歌を紹介したい。わたしの町からは高梁川河口に広がるコンビナートが一望できる。水島臨海工業地帯である。この工業地帯には、製鉄所、自動車製作工場、石油精製工場など多くの工場がひしめいている。この一帯は不夜城である。夜でも眠ることなく煌めいている。そのようすがわたしの町からよく見える。不夜城の如く皎皎と輝いている。

短歌

不夜城のごと皎皎と輝きてコンビナートは海に浮かぶなり

皎皎と光を放つ満月は吾の愁いを溶かしてくるる


 皎皎といえば、天穹に浮かぶ満月である。満月の光はとても明るくて、隣の家の屋根瓦が、一枚二枚と数えられるほど輝いている。寝室に射し込む光も明るく床のフローリングを、照らし出すのである。そして何よりも、愁いを持ったわたしの心を溶かしてくれる。そして満月もまた、皎皎と光を放ってわたしの町を闇から浮かび上がらせている。



乳房喪失

2016年10月20日(木) 晴れ

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♪♪♪ 【乳房喪失】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 よくぞいい短歌に出遭ったものである。それは「現代の短歌」という本の中に、50首紹介されていたものである。これはわたしの所属する短歌会の教材として使っているもので、そのなかにその短歌が載っていたのである。その人の名は中城ふみ子といい、苦難の生涯を負って夭折した歌人である。歌集にしても小説にしても、わたしは沢山読むけれど、なかなかいい作品にめぐり合うことがない。

短歌

偶然に中城ふみ子の歌に遭い心惹かれて書き写すなり

一日に三首と決めて書き写す中城ふみ子の「乳房喪失」


 しかし彼女の歌には凄く惹きつけられた。わたしはさっそくアマゾンで検索して、歌集を取り寄せた。それは中城ふみ子の「乳房喪失」という歌集である。文庫本でずいぶん薄い本だが、中身は濃くすぐれた歌集である。彼女は離婚をし、なおかつ子どもを引き取り育てながら、乳がんとたたかった人である。そういう経験が、彼女の感性を剃刀のように鋭くしたに違いない。わたしは彼女の歌から学ぶために、一日三首と決めて書き写しを始めている。



恋文

2016年10月19日(水) 晴れ時々曇り

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♪♪♪ 【恋文】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 いま若者たちはラブレターというものを書くものだろうか。書くにしてもきわめて限られた人たちだけに違いない。ケータイやスマホがこれだけ発達しているなかで、その意思疎通はこれらのツールでやられるのが普通だと考えるのが妥当だろう。じつはその実態がつかめないというのがわたしの実感である。若者たちがラブレターを書いたのは、30年も40年も前の話なのかも知れない。

短歌

恋文に頬を染めたる女高生遠き目をして空を見上ぐる

恋文に頬を染めたる女高生部屋より出でて海を見にゆく


 しかしこういう時代だからこそ、恋文を交換して愛を育んで欲しいと考えるものである。が、恋文なんてもう死語になりつつあるのかも知れない。生ける化石と言われても、なんら不思議ではない。だが、こんな時代に女高生が恋文を貰ったとしたら、たぶん遠き目をして空を見上げたり、海を見にいったりするのに違いない。頬を染めて女高生の心は、大きく揺れることだろう。



心渇いて

2016年10月18日(火) 晴れ時々曇り

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 拍手コメントには、ご返事できていませんが、拝読させて頂いています。これからもどうぞお気軽にお寄せ下さい。 千春



♪♪♪ 【心渇いて】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 無性に心が渇いてゆく日がある。それは自身の思い通りに一日がすすまない時である。自身の日々暮らすなかに、こうしたいという願望があってそれが叶わないとき、淋しくなり虚しくなって心が渇いてゆく。そうなると心は満たされなくて、充実した一日を送ることができない。有意義な一日とはならないのである。

短歌

折々に心渇いてゆく日には本を開きて短歌を詠まむ

一日と言えども活字に触れざれば虚しかりけり心渇いて


 そんな一日は、ほとんど活字に触れることができなかった日である。わたしはたぶん活字中毒と言ってもいいくらいの存在になっている。しかし、活字といってもなんでもいいというわけではない。たとえ政治論文を読んでもわたしの心は満たされない。やはりわたしに必要なものは、文化・芸術であるように思う。具体的に述べれば、それは短歌であり小説である。それらの文章に触れないで一日が終わることに、わたしは耐えられない。しばらくは、短歌や小説とつきあう日々がつづくことになるだろう。



女が独り

2016年10月17日(月) 雨のち曇り

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♪♪♪ 【女が独り】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わたしの村には風光明媚な砂浜が200メートルくらいつづいており、近隣の町から遊びにやってくる。先日もわたしはそこへ出かけたが、魚釣りの人たちや砂浜を散歩する人たちが、大勢遊びにきていた。魚釣りの人に聞いてみたら、朝はキスが「入れ食い」だったと話してくれた。小さな駐車場は一杯で、わたしは路上駐車を余儀なくされるほどだった。

短歌 (「龍」10月号に掲載)

落日に女が独り水際に立ちてひっそりと沖を見てゐる 


 その砂浜に立つと、水島コンビナートや瀬戸大橋がよく見えるが、コンビナートは風景のなかに収まってほしくない無機質なしろもので、わたしは眉をひそめるのである。しかし、砂浜に立つと180度にわたって、瀬戸内海が見渡せる。瀬戸の海は多島美と言われているが、ここから見る風景も例外ではない。水島灘から笠岡諸島にわたって島々が浮かんでいる。水平線は大きく弧を描いて広がっている。啄木にとっては、ふるさとといえば山であったが、わたしにとっては海そのものである。



向かい風

2016年10月16日(日) 曇りのち雨

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♪♪♪ 【向かい風】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わたしは向かい風に向かって自転車を漕ぐ女性が好きである。それは若い日に観た絵の影響によっている。その画家の名前は覚えていないが、知性溢れる女性が向かい風に向かって、髪をなびかせ自転車に乗っている絵である。面を上げて瞳を光らせて走っているその絵は、大変魅力的で、わたしの心を惹きつけてやまない。そのポストカードを机のデスクマットの下に差し込んで、毎日観ていたものである。

短歌 (「龍」10月号に掲載)

向かい風に面を上げて自転車を漕ぎ坂道をのぼる女子高生ら 


 その印象が心に刻まれているので、今でも自転車に乗る女性はわたしの目に好ましく映るのである。わたしの家の前の県道は急な坂道になっており、その道は峠までつづいている。その道をゆく女子高生たちは、急坂を立ち漕ぎで登ってゆく。立ち漕ぎをしなければ決してその坂道は登ることができない。また峠から北風が吹き降ろしてくる。女子高生たちは、その風に向かって自転車を漕いでゆくのである。その姿を見ていると、なんとも美しい。その姿がむかし観た絵と重なるのである。



峠の寺

2016年10月15日(土) 晴れ

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♪♪♪ 【峠の寺】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わたしの家からさほど離れていないところに小さな峠がある。この峠は隣の町との境になっていて、峠のこちらと向こう側では気温が幾らか違う。夏にはそれほど感じないが、冬ともなるとそれが著しく実感される。峠のこちら側は海のある町で、寒い朝でも霜が降っていないのに、峠の向こう側は田畑が霜で真っ白に染まっているという具合である。その峠に寺がある

短歌 (「龍」10月号に掲載)

黄昏に峠の寺の鐘が鳴る陽の入る空は茜に染まりて 


 その寺はとても大きくて、檀家がおそらく1500軒以上はあるだろう。わたしの町の約半分の1200軒、そして隣の町の一部を地域として持っているからである。その寺の鐘が、朝な夕な鳴らされる。わたしは毎日というわけではないが、折々にその鐘の音を聴いている。西空が茜色に染まりゆく黄昏に、その鐘が打ち鳴らされる時、一日の終わりを静かに告げるのである。



夾竹桃

2016年10月14日(金) 晴れ 

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♪♪♪ 【夾竹桃】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 夾竹桃というのは夏の花である。わたしは電車に乗ることはめったにないが、時々、女高生の孫を駅に迎えにいくことがある。その駅前に夾竹桃が咲いていた。女高生の孫はきっと今がもっとも輝いている季節かもしれない。その彼女が倉敷から帰ってくるのである。オレンジの電車に乗って、颯爽と帰ってくる。彼女には大いに女高生という時代を有意義に過ごして欲しいと思う。彼女を待っている間にわたしは夾竹桃の植わった花壇に近寄って、つくづく眺めるのである。

短歌 (「龍10月号に」掲載)

駅前に夾竹桃の花が咲き君を乗せたる電車は去りぬ 

 夾竹桃といって思い出すのは、父ははの眠る墓地につづく道である。父ははは、菩提寺の寺墓地に眠っているのだが、その寺につづく道に夾竹桃が植わっている。いくらか坂道になった道に、夾竹桃が連なっている。夏には夾竹桃が淡紅色の花を咲かせるのである。わたしはその夾竹桃の咲く坂道をのぼって、父ははの墓参りにゆく。



波の音

2016年10月13日(木) 曇り時々晴れ

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♪♪♪ 【波の音】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 この歌はいくらか虚構によって成り立っている。知らない町というのは、想像力によって創造した町である。が、まったくの虚構ではなく、わたしの棲む町を知らない町として文学的に表現したものである。わたしの町は海岸にいつもひたひたと波が打ち寄せている、海を抱き込む入江の町である。そこで暮らすわたしは、ある意味で倖せということが言えるかも知れない。

短歌 (「龍」10月号に掲載)

吾ひとり知らない町を歩みつつ角を曲がれば波の音がする 


 
 そんな町で暮らすわたしであるが、ビラを配ったり署名をとって歩いたりすることも折々にある。急がないビラであれば、わたしは一日50枚と決めて、4日あるいは6日かけて配るようにしている。それは運動をかねてのことである。古希近くなれば極めて運動量が低下する。健康のためには決して好ましい生活とは言えない。そこで、意識して何日もかけてビラを配るのである。そんな折り村々を巡っていれば、波の音が聞こえくる。その波の音を聞けば、疲れも和らぎ安堵するわたしである。


髪を切る

2016年10月12日(水) 曇り時々晴れ

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♪♪♪ 【髪を切る】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 女性が長い髪を切ったり短くしたりというのは、それなりに理由があるらしい。たとえば失恋したり、あるいは逆に新しい恋を求めたりするとき、自身の心持ちをリセットするようだ。それは何も女性だけの特有のものではない。

短歌 (「龍」10月号に掲載)

梅雨が明け心新たに髪を切り自転車漕ぎつつ坂道をのぼる 


 わたし自身も髪を切るというのは、単に髪が伸びて見苦しくなったというだけではない。心ひそかに何かを期するときに髪を切るということもよくあることだ。たとえば、梅雨が明け本格的な夏を迎えるとなると、夏を乗り切る心構えとして髪を切ることもある。また年末に髪を切るというのは、新しい年を迎えるにあたって、何らかの期待や決意を込めて理容院に出かけるのである。そして、短歌にあるように、自転車に乗って坂道を駈け登るのである。その時の心の在りようは、ちょっとした爽やかな気分とほんの小さな決意が込められている。



歌誌「龍」

2016年10日月11(火) 晴れ時々曇り

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♪♪♪ 【歌誌「龍」】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わたしは、龍短歌会に入会させていただいて、かれこれ半年になろうとしている。この龍短歌会は大きな短歌結社で、すぐれた短歌を詠む人は少なくない。少なくないという表現はちょっと違っているようで、ほとんどの人が一定の水準を持っている。そして、短歌歴が20、30、40、50、60年という人もざらで、わたしなどはまったくの素人といったところだ。したがって、先輩たちから学ぶべきところは少なくない。

短歌 (「龍」10月号に掲載)

歌誌「龍」に初めて載りし吾が歌をいとしき吾子のごと読み返す


 その短歌会の歌誌「龍」にわたしの短歌が初めて掲載されたのは、数カ月前のことである。わたしのような初心者の歌が歌誌に掲載されるということは、とても喜ばしいことである。この歌誌に掲載されるのはなかなか難しい。15首投稿して歌誌に掲載されるのは、僅か7首である。しかもこの歌誌にはランクがあって、降格というようなこともなされている。わたしもこの短歌会で修練を積んで、とにかく「いい歌」が詠めるようになりたいと願っているところである。



足を庇いつつ

2016年10月10日(月) 晴れのち曇り

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♪♪♪ 【足を庇いつつ】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 少し前に右足の爪を剥いだことを書いたが、その足もだんだんよくなって、毎日の治療から週2回にそして今では週1回になった。だから今週から週1回の病院通いでよくなった。痛みもしだいに和らいできて、もうそこに刺激を与えなければ、ほとんど普通に歩くこともできる。ただ辛いのは風呂に入れないことである。したがって、週2回清拭してなんとか過ごしている。

短歌

爪を剥ぎ痛む右足庇いつつ憲法守れの署名に歩く


 そうした暮らしをしながら、爪を剥いで間がない頃に、ビラを配ったり署名をとったりして村の家々を訪ねたりしている。いま憲法が危機にさらされている。昨年の9月19日に安保法制(戦争法)が強行採決されて、たとえ日本が他国に攻撃されていなくても、集団的自衛権の名で自衛隊が他国の戦争に参戦するしくみがつくられた。憲法学者のほとんどの人は、集団的自衛権は違憲だと唱えている。わたしも痛む足を庇いながら、一戸また一戸と訪ねて歩いている。



金木犀

2016年10月9日(日) 晴れ時々雨

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♪♪♪ 【金木犀】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 芙蓉の花と同じようにいまが旬の花が金木犀である。これも村の中を歩んでゆけば、あちこちで見ることができる。金木犀は花が自己主張するのではなくて、その匂いがその存在を知らしめている。わたしの棲む小さな住宅団地でも2、3軒の家に金木犀が植わっており、いい香りを放っている。

短歌

あけぐれの露地を曲がれば匂いくる金木犀の甘き香りよ


 その存在をもっとも強く感じるのは、「しんぶん」を配達している時である。わたしは午前3時から5時の間に起床し、身支度をして「しんぶん」の配達に出かける。3時から5時という幅があるのは、午前3時に目が覚める時もよくあるので、その時は寝床でグズグズしないで、思い切って起きてしまうのである。普通は午前5時に目覚ましをかけているが、その時間に起きるのはきわめて少ない。したがって、もちろん夜は明けていない。そんな中で「しんぶん」の配達をしているのである。そして、露地を曲がり曲がってゆくと、金木犀の香りが漂ってくる。その匂いはわたしを魅了してやまない。倖せのひとときである。



芙蓉の花

2016年10月8日(土) 曇りのち雨

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♪♪♪ 【芙蓉の花】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 いま彼岸花(もう萎れてきた)、金木犀、コスモスなどとともに、わたしの目を惹くのは芙蓉の花である。淡紅色の花がおちこちで咲いている。この花はなんて優しい花なのだろう。ふうわりと空から舞い降りたように、枝々にとまっているという感じなのだ。風が吹けばまた空に舞い上がってゆくような趣がある。わたしが車で村々を走っていると、誠によく見かける。ふうわりと淡紅色の大きな蝶がとまっているように見える。

短歌

ふうわりと芙蓉の花が咲いているたれも棲まない故里の家に 


 その芙蓉の花がたれも棲んでいない廃屋の敷地に咲いている。この家はもう絶えてしまったのだろうか。あるいは子どもたちが都会へと出ていって、両親はもう亡き人となっているのだろうか。雑草におおわれた敷地に、優しい芙蓉の花が綺麗に咲いている。わたしの心を惹きつける魅力ある花である。わたしの村には、廃屋があちこちに見受けられる。もう絶えた家もあるし、子どもたちが転居していった家もある。そんな家に芙蓉の花が健気に咲いている。



とんぼ

2016年10月7日(金) 晴れのち曇り

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♪♪♪ 【とんぼ】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 いま蜻蛉を見ることはとても珍しいことである。赤とんぼなどは近くの野山で見ることができるが、オニヤンマなどとんぼの王様などはほとんど見ることができなくなった。とんぼの数が減少しているのは確かなことのようである。それはとんぼの幼虫のヤゴが育つ環境が極めて少なくなったからである。わたしの村でも小さな川に至るまで、コンクリートが張られ、ヤゴが育つ環境が奪われたためだ。

短歌

蒼き稲蜻蛉が飛んで子どもらがそを追いかける遠き夏の日


 むかしは川にコンクリートが張られてなかったし、自然が豊かだった。だからとんぼの幼虫の育つ環境はめぐまれていた。子どもたちにとって、とんぼはよき遊び相手だった。その頃の子どもたちは貧しかったから、母親の内職の手伝いを済ませてから、すぐ野山へ出かけていった。蝉やとんぼを摑まえるためである。蒼い稲のそよぐ田んぼや池の周りは、とんぼたちにとっても、格好の場所だったに違いない。わたしたちは池辺にいって、オニヤンマをよく摑まえたものである。



秋祭り

2016年10月6日(木) 晴れ

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♪♪♪ 【秋祭り】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わたしの町の秋祭りは有名で近隣からも見学の人がくるほどである。わたしの町には東西に二つの神社があって、それぞれの地区で祭りが行われている。ヤッコ、お船、神輿、千歳楽がそれぞれの部落から出されて盛大に執り行われる。神輿や千歳楽は何台も出て町を練り歩く。しかし少子化の影響で、いまでは高校生から中学生までかりだされる。ヤッコは女人禁制であったのに、今では中高生の女子も舞っている。

短歌

神苑で繰り広げたる秋祭り白馬が走り神輿がめぐる


 わたしの小中学生の頃はもっと賑やかだった。ケンカ祭りと言われるくらい、神輿がぶつかり合ったり、あちこちで喧嘩騒ぎが起こったりしていた。それだけ町には活気があった。人口もいまの2倍もいたし、青年の数もずっと多かった。そして漁業もいまよりもっと盛んで、元気のいい漁師たちが祭りの主役だった。しかしあれから50~60年経過したが、わが町の秋祭りはいまも盛んである。



公孫樹

2016年10月5日(水) 曇り時々雨

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♪♪♪ 【公孫樹】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 公孫樹(コウソンジュ)というのは、イチョウの漢名である。わざわざこんな名称をつけて呼ばなくてもいいと思うけれど、短歌の世界ではよく使われている。その公孫樹の黄葉はまだまだ早いけれど、たとえ黄葉に染まっていなくても、公孫樹の大樹には圧倒される。それはわたしの家の近くの、峠の寺の境内に聳えている。わたしはその寺に折々にでかけるが、その寺を訪ねると真っ先に公孫樹を見上げることにしている。

短歌

鄙びたる寺の境内に天穹をめざして伸びる蒼き公孫樹

鄙びたる寺の境内に朝陽うけ天穹を突く蒼き公孫樹


 その公孫樹は、山門をくぐってすぐ右手に立っている。この寺の象徴のような存在である。仮に丈が20メートルあるとすれば、6階建ての建築物に相当する。この樹はこれくらいの高さはゆうにあるだろう。まだ黄葉には早いけれど、蒼き葉をまとった樹が天穹をめざして伸びている。これが黄葉に染まる時、とても美しい。また、かすかなる風にはらはらと落ちる黄金の葉は人の心を魅了する。そんな季節がやってくるのは晩秋である。



ひたぶるに生く

2016年10月4日(火) 曇り

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 ♪♪♪ 【ひたぶるに生く】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 短歌をつくるのは愉しいか、と訊かれたらわたしはどう答えるだろうか。自身の詠んだ歌が、歌誌や「しんぶん」に掲載されると、とても嬉しいし鼓舞される。そのことを思えば、愉しいと言えるのではないだろうか。しかし作歌の段階では苦しい方が多いと言えるかもしれない。その苦しさの中に、少しだけつくる愉しさや喜びが宿っている。ただ、わたしの日々の暮らしから短歌をとったら、抜け殻のような生活を送ることになるだろう。

短歌

ひたぶるに短歌を学び生くるべし吾が晩年の仕事となして


 晩年に短歌に出会えたことは幸運だったと言えるかもしれない。短歌を詠むということは、短歌的好奇心で日々を送るということである。自然や社会に対して、すごく前向きに向き合うという生き方が求められる。たとえばいま自然を感ずるのは、芙蓉の花や彼岸花、金木犀やコスモスである。それらに対して、とても敏感にわたしの心は反応する。また社会や政治の在り方や地域社会に起こる様々なことに対しても、無関心ではいられない。晩年というには、少し早いような気もするが、これからの人生をひたぶるに、短歌とともに生きてゆきたいと思っている。



曼珠沙華

2016年10月3日(月) 曇り時々晴れ

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♪♪♪ 【曼珠沙華】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 いまわが家の県道を挟んだ向かいの田んぼの畦には、彼岸花が群生しており深紅の花がもゆるように咲いている。ちょっと前に、田んぼの畦の草を草刈り機で刈っていたので、これでは彼岸花は全滅だと思っていたのだが、それはまったくの杞憂であった。田んぼの畦には見事な彼岸花が群生している。お彼岸はとうに過ぎ去ったけれど、彼岸花は自己主張するように凜と咲いている。

短歌

彼岸花深紅に染まり陽を浴びて自己主張するごと凜と立つ

深紅なる花弁がもゆる彼岸花父ははの眠る墓地へとつづく

白磁なる壷に眠れる父ははよ深紅にもゆる曼珠沙華さく


 その彼岸花が、父ははの眠る菩提寺へゆく道のほとりにも咲いている。わたしは「しんぶん」を配っているので、その道を毎日通るのである。その道を通るたびに父ははを思い出す。父ははは白磁の冷たき壷に眠っている。その父ははに呼びかけたいと思う。墓地につづく道には、深紅にもゆる曼珠沙華が、咲いていることを告げたい。「父ははよ! 安らかに眠れ」と祈る気持である。



爪を剥ぐ

2016年10月2日(日) 曇り

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♪♪♪ 【爪を剥ぐ】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 爪を剥いでしまった。右足の指一本である。畳の上にあぐらをかいていて、何かの用事を思い出し立ち上がろうとして、転んでしまったのである。その時、たぶん爪を引っ掛けて剥いでしまったのだろう。その瞬間には気づかずにいて、用事を済ませて部屋に入ると、畳が血で赤く染まっている。それで改めて見ると、指も血で染まっている。そこで初めて爪が剥がれていることに気づいたのである。

短歌

足指の爪を剥ぎたる吾なれど「しんぶん」配りに出でてゆくなり


 爪が剥がれているのに気づいたときには、痛みもそれほどなくて、カットバンで処置してそれで直るのを待つつもりでいた。爪は剥がれてぶら下がっている。そして夕食を摂った。そこで冷静に考えてみると、自己流で処置して膿んだりしたら大変だと思いなおし、病院へいくことを思いついた。あいにく日曜日の夜である。わたしは電話をして症状を話すと、来て貰っていいという病院の返事である。それでやっと腰を上げたようなしだいである。偶然の出来事だったので、わりと平気でいられたが、もしペンチで爪が剥がれるようなことになっていたら、あるいは気絶するかも知れないような、大変な事態であったに違いない。信じられないようなことが起こるものである。



プロフィール

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Author:FC2USER634322BTA
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 1947年生まれの68歳で、
「新日本歌人協会」の会員です。
 短歌創作を通じて、平和と民主主義をめざしています。
 住所は岡山県浅口市寄島町です。
 青い海と緑の山、青い空をもつ素敵な村です。
 名前は「千春」ですが、男性です。

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